「食育」の先駆者・村井弦斎

HOMEMIC FUN「食育」の先駆者・村井弦斎第2回:明治天皇が初めて肉を食べた日

第2回:明治天皇が初めて肉を食べた日

文明開化のシンボルとしての肉食

開国後の日本人が、西洋人を見てまず驚いたのは、彼らの立派な体格だったのではないでしょうか。たまたま1905(明治38)年の雑誌に、当時の元老と大臣15人の身長が載っていたのですが、下は157cmから上が166cmまでで、平均ではなんとか160cmに達する程度。ちなみに、伊藤博文がちょうど160cmでした。一般人より贅沢な食生活をしていた権力者でもこの程度ですから、庶民レベルの平均身長はもっと低かったことでしょう。

当時、西洋人と日本人が並ぶと、大人と子供に見えるほどの身長差がありました。のみならず、西洋の進んだ科学技術を目の当たりにした日本人は目をみはります。西洋人と同じように肉を食べれば、背が伸びて頭も良くなるのではないか、と考えたのも無理はありません。こうして、牛肉を使う西洋料理は、文明開化のシンボルのようになっていきます。

1905年8月に米国ポーツマスで行われた日露講和条約締結後の写真。中央がルーズベルト米大統領で、左にロシア全権大使のウィッテ(左)とローゼン(右)、右に日本全権大使の小村寿太郎(左)と高平小五郎(右)が立つ。体格で劣る日本の方が敗戦国に見えてしまう(1905年10月1日発行『戦時画報』第68号「講和三笠画報」)

来日する外国の要人を晩餐会で饗応する

その背景には、明治政府の肉食奨励策がありました。1868年に幕府が崩壊し、近代化の道を歩み始めた明治新政府にとって、最大の急務は、幕府から引き継いだ不平等条約の改正でした。西洋人の猿真似をしてダンスを踊った、と悪評高い鹿鳴館の舞踏会も、その交渉を少しでも有利に進めるためのものだったのです。

明治政府が旗印にした明治天皇は、維新のときわずか15歳。しかも、それまで天皇は京都御所で女官たちに囲まれて生活し、眉を剃り、化粧をして、お歯黒までしていたのです。お歯黒は既婚女性だけでなく、天皇や公家たちの風習でもありました。その少年が突然、日本という国家の君主として外国の来賓たちと会見したり、饗応しなければならなくなったのです。

日本に来る客人なのだから、日本料理でもてなせばいいのに、と思うかもしれません。しかし、現在に至るまで、宮中晩餐会のメニューがフランス料理なのはご存知の通り。この伝統が生まれたのが明治で、大役を担った最初の天皇が明治天皇でした。次々に来日する要人たちと同じテーブルについて食事を共にするために、天皇の涙ぐましい努力が始まります。

テーブルマナーを特訓した若き日の明治天皇

『明治天皇紀』によれば、天皇が初めて西洋料理を食べたのは1872年1月1日。1月26日には初めて獣肉を口にし、「肉食の禁」が解かれたとされています。もちろん、ひそかに肉を食べていた人はいたでしょうが、正式に解禁されたのはこのときでした。また、その翌年には天皇がナイフとフォークの正式な使い方を練習した、という記述が見えます。当時の日本人は、音を立ててスープを飲むのがタブーだとは知りませんし、フィンガーボールの使い方も知りませんでした。和食しか食べていなかった明治天皇も、西洋流のテーブルマナーを特訓する必要があったのです。

そして、同年9月に来日したイタリア皇帝の甥を、天皇は初めてホストとしてフランス料理で饗応しました。当時20歳だった天皇は、正しいマナーで失敗せずに食事を終えることだけで精一杯で、料理の味などよくわからなかったのではないでしょうか。これ以後、天皇は各国の王族や貴族、政府首脳と、数えきれないほど食事を共にすることになるのでした。

それにしても、明治天皇は日本料理を好んでいて、実は、肉よりも鮎や鯉やハモなどの魚類が好物だったそうです。外交儀礼なので仕方がないとはいえ、言葉も通じない外国人と一緒に、我慢してフランス料理を食べていたのかと思うと、ちょっと同情したくなってしまいます。

宮中の正餐にフランス料理が採用されたばかりか、漢字を廃してローマ字を使おうとか、日本語をやめて英語を使おうと主張する人たちもこの頃現れています。それが実現していたら、日本はどうなっていたでしょうか。

明治天皇の肖像。学校などに下賜された有名なものだが、実はイタリア人画家キヨッソーネが描いた絵画で、写真ではない。

著者プロフィール

黒岩 比佐子(くろいわ ひさこ)

ノンフィクションライター。1958年東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、PR会社勤務を経てフリーに。『「食道楽」の人 村井弦斎』(岩波書店)で2004年度サントリー学芸賞を受賞。主な著書に『音のない記憶--ろうあの天才写真家 井上孝治の生涯』(文藝春秋)、『伝書鳩--もうひとつのIT』(文春新書)、『日露戦争 勝利のあとの誤算』(文春新書)がある。2007年12月に最新刊の『編集者 国木田独歩の時代』(角川選書)と『食育のススメ』(文春新書)を出版。2008年8月「歴史のかげにグルメあり」(文春新書)を出版。
古本好きで毎週のように神保町に通い、4年前から古本に関するブログ「 古書の森日記 」を公開中。

※ 著者は2010年11月17日、逝去されました。