「食育」の先駆者・村井弦斎

HOMEMIC FUN「食育」の先駆者・村井弦斎第6回:百年前にもあった"食品偽装"

第6回:百年前にもあった食品偽装

食品の偽装や不正が横行した時代

2007年をふり返ると、不二家の事件にはじまり、ミートホープのコロッケ、白い恋人、赤福、比内地鶏、船場吉兆……と、食品偽装・不正が次々に発覚しました。その結果、年末恒例の「今年の漢字」に選ばれたのは「偽」。さらに、今年に入って日本全国を揺るがせる騒ぎになったのが、中国製の冷凍ギョーザ事件。相次ぐこうしたニュースを聞いて、いったい何を食べれば安全なのか、と不安を抱いた人も多いことでしょう。

ところが、こうした食品偽装や不正は、明治の日本では頻繁に見られました。村井弦斎の『食道楽』には、21世紀のいま起こっている食品偽装事件と、ほとんど同じような話がたくさん登場するのです。人間は百年前から進歩していないのか、と呆れてしまいます。ただし、明治の中頃までは、現在のような公的機関による食品の検査もなく、取り締まる法律も整備されてはいませんでした。そのため、商人の衛生や安全に関する知識は非常にお粗末で、不良品が横行していたのです。そうした状況では、買う方が自衛するしかありません。そこで、村井弦斎は『食道楽』を通じて、悪質な食品偽装にだまされるな、と警鐘を鳴らしたのでした。

“安物を高級品に偽装して売る

たとえば、当時は、鶏肉もパックされた切り身ではなく、鳥屋からニワトリを丸ごと一羽買うのが普通でした。その場合、なるべく朝早く買いなさい、と弦斎は『食道楽』のなかで教えています。なぜなら、朝と夕方とではニワトリの重量が違う、というのです。朝はまだエサを食べていないので軽く、夕方になると食べたエサと飲んだ水の分だけ重くなる。しかも、悪質な業者は、ニワトリの口をこじ開けて砂を押し込み、水を大量に飲ませて重量を水増しして高く売りつける、というのです。

偽装はこれだけではありません。舶来の商標を貼ったビンに、安物の国産品を詰めて、舶来品と称して売っている場合が多い、とのこと。とくに西洋の食用酢は、ワインやビールの腐ったものを樽に溜め、それで酢を製造して、舶来のビンに詰めて西洋酢として売っている、というのですから唖然とします。さらに、多くの日本酒には、防腐剤としてサルチル酸やホルマリンが混ぜてあり、毎日飲んでいると命も危ない、という記述もあります。腐った牛乳を新鮮だと偽って売る、純粋バターと称して植物油や豚の脂を混ぜて売る……等々、まさにやりたい放題という感じです。

『食道楽』のヒロインのお登和は、友人の小山夫人に「商人の嘘」について説明します。お登和の話を聞いた小山夫人は「食物の商売人に親切義のないほど、人の身体に危険な事はありません。お客の身体が好くなろうが悪くなろうが、死のうが生きようが構わないで、少しでも余計な金を儲けようと不衛生な品物を売るような商売人は、実に国の賊です」と憤慨しています。これは、現在もそのまま通用するのではないでしょうか。

「牛の図」(『食道楽』夏の巻の巻末付録)

「牛の図」を見ながら説明するお登和
(『食道楽』冬の巻の挿絵)

“牛肉の部位ごとの名称を教える「牛の図」

さらに、小山夫人はお登和に、「“霜降”と指定して牛肉を注文しても硬い肉が届くことがある。」とこぼしています。するとお登和は、「それは注文のしかたが悪いのであって、牛肉に霜降という部分はありません。」と指摘しています。お登和に、「牛肉は部位ごとに二十数種類があるので、それを指定して注文しなければならない。」と教えられて小山夫人は驚きます。肉食の歴史が浅い上、英語を解する人が少ない当時、ヒレ、ロース、サーロインなどと言われても、一般の人にはさっぱりわからなかったことでしょう。

そこで、弦斎は『食道楽』の巻末付録に、それを図示した「牛の図」をつけました。これは、かなり話題を呼んだそうです。『食道楽』のなかで、お登和はこの図を示して、小山夫人に牛肉の部位ごとの特徴やそれに向く料理を説明します。また、それぞれの値段も紹介しているので、牛肉を食べ慣れない人には参考になったことでしょう。『食道楽』には、賢い消費者になってほしい、という弦斎のメッセージがこめられているのです。

著者プロフィール

黒岩 比佐子(くろいわ ひさこ)

ノンフィクションライター。1958年東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、PR会社勤務を経てフリーに。『「食道楽」の人 村井弦斎』(岩波書店)で2004年度サントリー学芸賞を受賞。主な著書に『音のない記憶--ろうあの天才写真家 井上孝治の生涯』(文藝春秋)、『伝書鳩--もうひとつのIT』(文春新書)、『日露戦争 勝利のあとの誤算』(文春新書)がある。2007年12月に最新刊の『編集者 国木田独歩の時代』(角川選書)と『食育のススメ』(文春新書)を出版。2008年8月「歴史のかげにグルメあり」(文春新書)を出版。
古本好きで毎週のように神保町に通い、4年前から古本に関するブログ「 古書の森日記 」を公開中。

※ 著者は2010年11月17日、逝去されました。