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歯科健診の義務化で経営はどう変わる?実現に向けた動きとその影響を徹底解説

歯科健診の義務化で経営はどう変わる?実現に向けた動きとその影響を徹底解説

歯の健康への意識の高まりを受けて、国民の歯科健診を義務化する「国民皆歯科健診」の検討が進められています。すでに学校や一部の職種で歯科健診が義務化されているのはご存じのとおりですが、国民全体へとその範囲が広がることで、歯科医院の経営にはどのような影響があるのでしょうか。国民皆歯科健診への実現に向けた動きと合わせてご紹介します。

「国民皆歯科健診」実現への動き

患者さんの増加につながる

2022年6月7日、政府は経済財政諮問会議での答申を経て、「経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太の方針2022)」の閣議決定を行いました。このなかには国民の歯科健診を義務化する「国民皆歯科健診」制度の導入を検討することが明記されており、歯科業界から大きな注目を集めています。

この「骨太の方針2022」は年末の予算編成に向け、国の政策の基本的な方向性を示したものと言えます。そのため、この「骨太の方針2022」に明記されることで、国民皆歯科健診の実現に向けてこれまで以上に本格的な検討が進められると期待されています。

定期的な歯科健診については、すでに1歳6ヵ月と3歳の幼児(母子保健法による健診)、小学1年生〜高校3年生までの生徒(学校歯科健康診断)、また化学工業、窯業・土石製品製造業、非金属製造業、メッキ工場など一部の歯や支持組織に有害な物質を発散する場所で働く従業員(歯科特殊健康診断)に対し義務付けられているのはご存じのとおりです。今回の「骨太の方針2022」ではその対象を大きく広げ、国民全体の歯の健康を促進することを目指しています。

今回の「骨太の方針2022」では、歯科に関連する記載として具体的に以下のようにまとめられています。

  

全身の健康と口腔の健康に関する科学的根拠の集積と国民への適切な情報提供、生涯を通じた歯科健診(いわゆる国民皆歯科健診)の具体的な検討、オーラルフレイル対策・疾病の重症化予防につながる歯科専門職による口腔健康管理の充実、歯科医療職間・医科歯科連携を始めとする関係職種間・関係機関間の連携、歯科衛生士・歯科技工士の人材確保、歯科技工を含む歯科領域におけるICTの活用を推進し、歯科保健医療提供体制の構築と強化に取り組む。また、市場価格に左右されない歯科用材料の導入を推進する。

  

【引用】経済財政運営と改革の基本方針2022 について | 内閣府

  

大きな注目を集めている国民皆歯科健診以外にも、その推進の根拠となる口腔衛生に関する情報収集や国民への情報提供、国民皆歯科健診に向けた歯科健診体制の整備、歯科における情報通信機器の整備やICTの活用、また市場価格に左右されない歯科用材料の開発など、歯科業界に大きな影響を与えるトピックが多く記載されています。

この内容は2023年6月16日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2023 加速する新しい資本主義~未来への投資の拡大と構造的賃上げの実現~(骨太方針2023)」にも同様の記載があり、引き続き国民皆歯科健診の実現に向け、取り組みが続けられることがうかがえる内容となっています。今後の動向についても注目する必要があると言えそうです。

歯科健診義務化の背景

政府が国民皆歯科健診制度の導入を推進する背景には、以下のような要因があります。

  

国民の健康寿命を伸ばす

歯の健康と全身の健康に大きな相関関係があることは、すでに歯科医師だけでなく多くの人にとって一般的な認識となっています。歯周病や虫歯などで口内衛生が悪化すれば、歯を失うだけでなく組織の腐敗によって細菌が全身へ巡り、心筋梗塞や脳梗塞、認知症といった疾患の原因ともなりかねません。また、歯が失われることで咀嚼が困難になれば、食べられるものが限られ栄養バランスを崩すことにもなります。

しかし一方で、厚生労働省がまとめた「平成28年歯科疾患実態調査」によると、日本における80歳時点での平均残存歯数は約15本と、他の先進国に比べて低い数字となっています。予防先進国と言われるスウェーデンやフィンランド、アメリカなどの平均残存歯数が25本であることを考えると、日本は早急な対策が必要な状況です。

また、同じく厚生労働省がまとめた「自治体における歯周病対策等について」によると、過去1年間に歯科健診を受けた人は52.9%にとどまっており、予防歯科の意識は依然として高くないことがうかがえる結果となっています。国民の健康寿命を伸ばすためには、予防を目的とした定期的な歯科健診の導入が必要と言えるでしょう。

  

国全体の医療費削減を目指す

政府が国民皆歯科健診制度の導入を目指す背景には、国民の健康寿命を伸ばすことで国全体の医療費削減を実現する狙いがあると言われています。総務局統計局の発表によると、日本の人口における65歳以上の高齢者の割合は、2022年9月現在の推計で29.1%にものぼっており、2007年に超高齢社会(全人口に対して14%以上)へ突入して以降、一貫して増加しているのが現状です。

このため、高齢者人口の増加にともなう医療や福祉の問題への対応は喫緊の課題となっています。特に医療費の増加は大きな社会問題のひとつで、高齢者の医療費増加をいかにして抑えるかは、これまでにない抜本的な解決策が求められています。

国民皆歯科健診は、こうした抜本的な解決策のひとつになる可能性がある制度です。虫歯や歯周病の予防や早期治療は、歯の健康だけでなく全身の健康にも大きな影響を与えるため、長期的な視点で社会全体の医療費削減につながると期待されています。

  

歯科医院の経営に与える影響

歯科健診の義務化に関する動きとしては、すでに自民党の国民皆歯科健診実現プロジェクトチームが発足しており、国民皆歯科健診制度の実現に向けた具体的な検討が進められています。

同チームでは、会設立の大きな目的として「いかに合理的に社会保障費を削減するか」を掲げており、歯科健診の義務化実現のため、歯科健診の現状と課題、口腔と全身の健康における関連性、生涯を通じた歯科健診の実現などについて検討が進められています。あくまで仮説ベースではありますが、以下のような影響が予想されると考えられます。

  

自覚症状の出にくい受診患者が増加する

国民皆歯科健診制度が導入されることで、虫歯のような自覚症状の出やすい患者よりも、歯周病のような自覚症状の出にくい受診患者が増加することが予想されます。そのため、歯周病治療や予防に力を入れている歯科医院が選ばれるようになる可能性があります。

  

訪問歯科の需要が増加する

歯科健診の義務化は「生涯を通じた歯科健診」をひとつのテーマにしていることから、介護施設への入居者や在宅医療が必要な患者さんの検診が増えることも予想されます。訪問歯科の需要が増加する可能性に備えて、自院でどこまで対応可能かを早い段階で検討し、診療体制を整えておくのも重要と言えるでしょう。

なお、国民皆歯科健診については、不透明なところが多く、ここで紹介した仮説も一例であり、今後の制度設計の動向やこれにともなう医療ニーズの変化についてチェックしておく必要がありそうです。

  

まとめ:歯科健診の義務化により、歯科診療のニーズが変わる可能性も

歯科健診の義務化が実現すれば、口腔ケアの重要性について国民の共通理解が深まることが予想されます。これにともない、治療から予防へと医療ニーズが変化すれば歯科医院の経営や運用に大きな影響を与えることにもなるかもしれません。

こうした外的要因による影響は歯科医院でコントロールするのは難しく、対応するためには、歯科衛生士などの人材確保に加えて、設備投資が必要になることもあります。政府の動きをしっかりと注視しながら、先見性を持って、医院経営環境の変化への適応・対策を行うことが求められることになると言えるでしょう。

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